未来のかけらを探して

序章・とんでもない拾い物
 ―2話・六宝珠の秘密―



デジョンズで異空間に放り込まれた4人は、気がついたら洞窟の中にいた。
魔法をかけられた後のことを覚えていないので、一時的に気を失っていたらしい。
「な、何だよここ?」
きょろきょろと辺りを見回すが、どこの洞窟かは分からない。
とりあえず、ベッドの上で目が覚めたのでここには誰かいるのだろう。
それにしてもこの布団は、まるでお腹の毛のように柔らかい。
「さぁ〜。でも、なんかかいだ事がない匂いがするヨ。」
あたりに漂う鼻がやられそうに甘い匂い。どこから漂ってくるのだろうか。
と、プーレが何かを見つけた。
「あれ……人?」
プーレが見つけたのは、椅子に座っている一人の女性だった。
腰まである長い蜜柑色の髪に、うっすら青紫がかった銀色の眼。
スタイルは抜群によく、身にまとう衣装には深いスリットが入っている。
神秘的な雰囲気と相まって、妖艶な魔女という形容が一番しっくり来るだろうか。
もっとも人間の価値観がよく分からないプーレ達には、
彼女が最高級の美女という事がいまいち理解できてないようだ。
「あら、気がついたのね。」
大人らしい落ち着いていて澄んだ声。
女性は、彼らが起きているのを見た途端に微笑んだ。
「お姉さんは、だれなの?」
とりあえず今は大丈夫そうなので、プーレが慎重に尋ねてみた。
「私?私はシェリル=ライージャ。魔族と人間のハーフなのよ。
……と、言われても魔族なんて普通知らないわよね。」
魔族とは、天使や悪魔と同じく階級がある種族だ。
最下級から中級の者は魔物と酷似しており、人に近い姿の上級魔族は銀色の目が特徴的だ。
神を除いた全種族の中で最も魔力が高い、最高の魔法の使い手である。
「なぁ、なんでオレ達こんなところに?」
魔族といわれてもいまいちぴんとこないが、
相手がよく分からない以上うかつな行動は取れないので、少々遠慮がちに聞く。
それでも何となく、自分たちより遥かに強そうだという事は本能で分かる。
勿論、今は敵意がない事も。
「私の使い魔のいたずらよ。子供だけでふらふらしていて面白いからってね。
私が持たせたデジョンズの珠を使って、あなた達を連れてきたのよ。」
驚かせてごめんねと、彼女は付け加えた。
そこにふよふよとメドーサヘッドが飛んでくる。
「あー、あそこにいたメドーサヘッド!!」
飛んできたそれは、つい先ほど魔法の珠を投げつけてきた張本人だ。
お返しの一つや二つやりたいのだが、さすがに今は周りの仲間に止められた。
「あの子が使い魔のメドーよ。ところでオレンジの髪の坊や、それがなんだか知ってる?」
どうやら彼女は、ルビーの事を聞いてるらしい。
「ううん、ボク知らなイ。」
単純にきれいだったから拾っただけなのだ。
勿論パササには正体なんて分からなかった。
この前火を吹いたきれいで物騒な石ということ以外は。
「それはね……六宝珠よ。」
知らないことを承知で聞いたのだろう。
彼女はくすりと笑ってそう告げた。
『六宝珠??』
聞きなれない単語に、異口同音に聞き返した。
言った本人がすごそうなせいかもしれないが、
聞き覚えの無い難しい名前なので、とりあえず何かすごいもののような気はする。
「これが、その……ロクホウジュだってんのか〜?」
皆揃って、パササの首から下がった大きなルビーを眺める。
見れば見るほど、小さなパササには不釣合いなくらい大きい。
首が痛いらしく、パササがゴキゴキと音を立てて首を1回転半させた。
「そーなの?でさー、ロクホウジュって、なにぃ??」
持っている石が、ただの宝石ではないとは来る前に分かっていた4人。
が、そこまですごそうな物かと言われてもピンと来ない。
「まぁ、そうね。これはただの宝石とは違うわ。
これは千年以上も昔の国・ポートゥの宝石職人の手で作られたもの。
当時、金持ちでも変えないほどの値がついたらしくて、国王に献上……。
わかりやすくいえば、その職人が王様に自分が磨いた六宝珠をあげたのよ。」
と、言う事は宝石としてはかなり上位に入るのだろう。
洞窟を照らす赤い火に透かしたルビーを見ていれば、国王に献上されるのもうなずける。
人間と付き合いが多い種族柄、プーレは国王というものが人間の中でどういう意味を持つか知っていた。
「よくわかんないけど、それならとってもすごいのかな?
あと、ホウセキショクニンって、なに?」
「宝石を使ってきれいなアクセサリーを作る人ね。
それと、宝石のことを少しだけ言っておくと、
宝石は種類によって属性が違っていて、色の美しさとか大きさによって力が変わってくるのよ。
例えば、この大きなルビーならとても強い火の力を持っているわ。」
細かく言えばもっとあるのだが、
子供に言っても分からないことも彼女はよく知っている。
一方の彼らは、初めて聞くことばかりで、皆興味津々である。
もっとも、分かっているかは別問題だ。
「ところでお姉ちゃん。これ、この前火が出たんだよ。何でかしってル?」
ようやく、ミシディアにやってきた理由を思い出す。
先日のルブルムの戦いでこのルビーが火を噴いた理由。
この女性ならば恐らく知っているだろう。
「ええ。あなた達は、それを知りたいの?」
ここまで来て、それを知りたくないはずが無い。
迷うことなく全員うなずく。
「少し難しくなるかも知れないけれど、聞きたい?
それは、六宝珠が他の宝石と違う理由でもあるのだけど。」
六宝珠が他の宝石と違う点とはなんだろうか。
「もちろんだぜ!で、どこがちがうんだよ?」
「早くおしえてぇ〜。」
別に彼女はもったいぶっているつもりはないようだが、一部は待ちきれないらしい。
せがむ彼らの様子がかわいくて仕方がないのか、
シェリルは優しく彼らの髪をなでてやった。
「それはね・・まず、クリスタルと同じ石で出来ている事かしら?
それと、『意思』をもっているのよ。わかりやすくいえば、心のことね。」
『意思?』
下手なシャレではなさそうだが、これこそ信じられたものではない。
万物の調和を保つクリスタルでもない限り、無機物が心を持つ事は通常ではありえない。
作り手が、命すら造りだせる高位の術師でもない限り。
「本ト?」
パササが、少しだけ信じられないというように問う。
「ええ。私があなた達に嘘言ったって、仕方ないでしょう?」
確かにそうだろう。 子供、それも5歳の子供が出来る事なんてたかが知れている。
それ以前に彼女は、大人は別だが子供に意地悪をする趣味は無い。
「あなた達は、悪い子じゃなさそうだから。
それと、この石は仲間を探して欲しいって言ってるわよ。」
グリモーの目だけが点になった。他のメンバーは意外と動じない。
いろいろと信じられない状況が続いて、感覚が麻痺したのだろうか。
「あたしたちも聞こえるかなぁ?」
つんつんとルビーをつついきながら、好奇に満ちたまなざしを送る。
「魔法の時の精神集中は、できるかしら?
それがわからなかったら、この石の声を聞きたいと強く念じてみて。」
言われるままに、全員が精一杯ルビーに精神を集中させる。
すると、火のように力強い、男性の声が聞こえてきた。
"――を探してくれ。幼き獣の子らよ・・我が……を探してくれ"
石の語り声を聞くため、ひたすら意識を集め続ける。
石の声は、彼らの精神集中が上手くないせいでよく聞こえない。
(聞き取りづらそうね・・)
それを見かねたのか、シェリルが魔力を使って手助けする。
おかげで、少しは聞き取りやすくなった。
石は彼らが聞き取りづらそうなのを知っているらしく、
何度も同じ言葉を繰り返しながら話す。
"本当は……この女性を通してもよかった。
……が、だが、俺が直接言った……
言った方が信じられるだろうと……た。思った。"
所々途切れていて、聞きづらい。
だが、繰り返される言葉の一部をつなぎ合わせてどうにか理解する。
"世界に散らばった……仲間を・・探してくれ。
石の身では、・・けない動けないからな・・。"
慣れてきたのか、石が配慮しているのか。だんだんに聞き取りやすくなってきた。
しかし、何故ルビーが仲間の捜索を一行に頼むのかはわからない。
"お前達には……その、力がある。
もしひとつでも、……悪しき者に渡らぬ様に。
それだけの力が……むって、眠っているからこそ、助けた。"
どうやら、石は彼らの力を見抜くことも出来るらしい。
"まだ、お前達の知力……は、では、 一度に……言ってもわからないだろう。
何故、我々が悪しき力を持つ者に狙われるのか、
……じきに、教え、てやる。"
そして、石は沈黙した。
彼らに残されたのは、途方もなく困難な石の願いだけだ。
「……疲れた〜。」
深い疲労感に満ちたため息をプーレがつく。
それを皮切りに、へなへなと他のメンバーも座り込んだ。
「アタシもぉ〜。」
そう言うが早いか、軟体動物か何かのようにだらしなく床に転がった。
「ボクモ〜……あ゛〜魔法の集中って長くやるとつかれるんだよネ〜。
けっこー聞こえたけド。」
ようやく石の思念波から開放されて気が緩んだのか、
パササはルビーの紐をぶんぶん振り回して遊び始めた。
当然手からすっぽ抜けて壁に激突したため、たまたまその方向に居たシェリルが拾って渡してやった。
「オレなんて、なんも聞こえなかったんだけど……。」
今回彼が一番不毛だったらしく、ぼそりと愚痴をこぼす。
彼らとしては長時間の精神集中で、すっかり精神的に参ってしまったようだ。
石の言っていた事なんて、すっかり忘れているかもしれない。
「聞こえた?あなた達には少し難しかったかしら。」
すっかりくたびれた様子の彼らに苦笑しながら、彼女は優しく問いかけた。
「うん、すっごク。」
難しい言葉づかいのせいで、
いまいち意味がつかめない所が多々あるようだ。
「ルビーが、わかんない事いうんだも〜ん。」
エルンはぷーっと頬を膨らませ、機嫌悪そうに眉をしかめた。
「ねぇ、悪いやつってだれなの?」
これが結構抽象的で、彼らにとっては困る表現の一つだったらしい。
一行はプーレを除いて、特に当ても目的もない。
その上、どちらかというと彼らは非好戦的だ。できる事なら戦いは避けたい。
死ぬのはごめんだからの一言に尽きるが。
「うーん……強い力を手に入れたがる悪い人達は多いから。
だから六宝珠は、あちらこちらから狙われているのよ。
要は、ひとつでも悪い人に取られると困るから、
とにかく仲間を探してあなた達が守ってくれって事ね。」
まとめてもらったので、ようやく全部理解できた。
理解したが故に、とんでもないことを押し付けられたこともよくわかる。
「えー、んなめんどくせー事……。」
うんざりした表情で、グリモーが不平をもらす。
「グリモー!」
しかし、全部言い終える前にプーレがたしなめる。
「まぁ、覚悟はしておいた方がいいわよ。やるの?
それとも、ここで私と暮らす?」
さらりと何かとんでもない発言が聞こえた気がする。
いや、気がするのではなく本当にそう聞こえた。
『え?』
目を点にしながらも、思わず聞き返す。
意味不明もいいところである。言葉の意味ではなく、そう言ってのけた考えが。
「嫌?」
少々残念そうに、シェリルがたずねた。
目が半分本気だった。
「目的があるから……遠慮しておきますι」
なんとなく魅力的な申し出だが、ここで暮らしている場合ではない。
プーレは兄を探さなければならないし、
パササやエルンも、元の姿に戻って住処に帰らなければならないのだ。
身寄りの居ないグリモーは、また別だが。
「じゃあ、行く前に少し待ってね……。」
「何で?」
「これをあげるわ。」
渡されたのは、ほのかに暖かい小さな包み。
焼き立てというわけではないが、甘い香りが包みを通して鼻腔をくすぐる。
少し包みを開けて中をのぞいてみると、クッキーとバターケーキが入っていた。
彼らが来ることを予想してはいなかったであろうから、これは多分作り置きだろう。
「わ〜、おいしそうだネ〜☆」
パササやエルンが目を輝かせた。
こんなにおいしそうな人間の食べ物は、まだ食べた事が無い。
早速食べたかったが、これから魔法をかけてもらうので我慢しなければならない。
「……皆、動かないでね。これから六宝珠がある場所へ送るから。」
シェリルの目に、凛とした輝きが宿る。
言葉どおりにしなければ危険だと、その目が語っていた。
「デジョンズ。」
短く魔法の名前だけを呟いた後に、
一行の足元に魔法陣が描かれ、目の前の空間が裂けて飲み込まれた。
そして、一行を飲み込んだ裂け目は役目を終えて閉じていく。
それを眺めながら、シェリルはため息をついた。
「あーぁ……、親がいないかどうか位聞いておけばよかったわ。」
かわいいがいたずら盛りの子供達相手に、一体何を考えているのだろうか。
彼女に言わせれば、手のかかるぐらいが一番可愛いのだろうが。
後悔しても仕方がないので、そのままもてあました時間を趣味に回す事にした。
一行はシェリルの魔法によって、ある島にきていた。
島の名はエブラーナ島。そう、忍者の国があるあの島だ。
そうは言っても、ここはかなりはずれの方だが。
「こんななんもない島にあんのかよ〜。」
「大丈夫だヨ〜!いざとなったら教えてくれるっテ。」
あの後ルビー本人に聞いたところ、六宝珠には互いに呼応する力があるらしい。
そのため、多少離れていても平気だとか。
「そうそう。だから落ち着いて探そうよ、ね?」
プーレはいたってゆったりと構えている。
せっかちなグリモーには、とても真似できない。
「へいへいへい……。」
それでもうんざりしている彼は、ささやかに悪態をついてみた。
が、見事に無視される。
「あ〜、見てみてぇ、あそこに誰かいるみたいだよぉ。」
先ほどに続き、また人を見つけたらしい。
今日は、ずいぶんと他種族に会う機会が多いものだ。
『ん?』
エルンの指差す所を見ると、匂いからして正真正銘の人間がいた。
だが、見るからに闇夜で目立ちにくそうな服を纏っている。
こんな人間は今まで言った集落で見た事が無いので、どうやら特殊な職のようだ。
「おねーちゃんだ〜れぇ?」
エルンも怖いもの知らずである。
いかにも氷のような冷たい雰囲気をまとった相手に、
こうも気軽に声をかけるとは。
「……見慣れない者、か。怪しいが、あの一族の縁者ではないようだ。」
先ほど会ったシェリルとは違い、全く抑揚のない声。
その美しい顔にも表情はない。
「あの……お姉さん?」
いつも町で見かける人間とは少々勝手が違う事に気がつき、
思わずプーレも恐る恐る声をかけた。
「名を名乗れ。」
そう言われたので、とりあえず全員名乗ってみる。
すると、少し警戒を解いたらしい彼女はやっと名乗った。
「私はエレン=シュリーン。暗殺者の一族、シュリーンの者。」
暗殺者。この言葉に、思わずすくみ上がるものも一行にいた。
すくみあがらなかった者は、言葉の意味を知らなかっただけだ。
「おい、マジで?」
嘘であってくれと言いたげに、グリモーが思わず聞き返す。
「そうだ。」
あっさりと彼女は肯定した。他に言う事はないらしい。
ずいぶんと、無口でクールな性格のようだが。
「ねぇ、おねえちゃんは何してたノ?」
彼女は答えない。怒った様子も、拒否するような様子もない。
ただ、言うべきではないと事務的に判断したようだ。
「言いたくなかったんだ……、ごめんなさい。」
プーレが謝っても、言葉一つ返さない。
「つめてー女っ……。」
元々人当たりが悪いグリモーだが、今回はわざと毒気を強くしていた。
だが、それでも彼女は何も思わないようだ。
感情の動きがないことを、第六感が教えてくれる。
「お姉ちゃん〜……?」
あまりに細かい事は気にしない彼らだが、さすがに今回ばかりは別である。
先ほどは少々勝手が違うで済ませたが、
こうなるとなんだか物言わぬ無機物を相手にしている錯覚を覚える。
「ねぇ〜〜。」
痺れを切らして、マントを引っ張るという暴挙に出た。
「……。」
しかし、それでも全く返事が返ってこない。
さすがに、一瞬だけ嫌そうだったが。
「変なノ〜。」
結構ひどいことを言ってるが、やはり言葉は何も返ってこない。
「無駄だ。」
と、後ろから男性が現れた。
この女性より少し年が上に見えるが、服装はやはり沈んだ色合いの服だった。
「あの、お兄さんは誰?」
こちらの方がまだまともに見えたので、
とりあえず声をかけてみる。
「私か?こいつの兄だ。それと、こいつは意味のない言葉には反応しない。」
そう言って、何故か不敵な笑みを青年は浮かべた。
「なんでだよ?」
人間が増えて警戒心が芽生えたのか、
グリモーはかなりぴりぴりした様子で男性に尋ねた。
「こいつの感情は、とうの昔に消し去ったからさ。」



―前へ―  ―次へ―  ―戻る―

メドーサボールって、良く考えたらドラクエにいるやつでしたね。(爆)
なので、名称だけ変えました。
ついでに、シェリルの子供好きを表現するためにプーレ達の待遇が大幅アップしております。
本筋さえあんまり変わんなきゃいいのさ!などと開き直ってみたり。
……こうでもしないと、設定が説得力なくなるので。